舞台『7TABOO』東京公演初演の開演30分前、水帆役のリトル小川の楽屋前。
この楽屋の主はこの劇の演出家である種田李沙に追いかけられていた。
「ちょっとおおーーーー!!!マネキンどこやったのよおおおお!!!」
「ヒャハ♪バレたバレたー♪さあ逃げろ♪やれ逃げろ♪」
「お二人さん、本番まで時間ありませんよー」
「早く早く」
この追いかけは約15分間続いた。
本番終了後、写真屋が撮ったビデオ映像を見た関係者らはびっくりした。
何と、リハーサルと本番に出演した人形の服装が違っていたのだ。
「ちょっと、リトル君!?」
「えええっ!?俺っちは人形を移動させただけっすよ!?」
「嘘おっしゃい!!」
「ホントだってば!!」
「まあまあ皆さん。」
たかだか人形の衣装が変わってしまっただけで1時間もケンカが続いた。
第5演開催まで、人形のことは謎に包まれていた。ただしこれは、一部の関係者のみ。他の連中はみんな忘れてしまったのである。
第4演開場30分前、リトル小川は、道具庫へ入った。
「えーと、血のり血のり…。ヒャハ♪あったあった♪」
彼が探し物を見つけた矢先、誰かが彼にぶつかった。
「って痛ってぇなぁ…誰だよおい。」
振り向いてみたが、暗くて誰だかよくわからない。
「やっぱ明かりつけといた方がいいんじゃない?」
「えーでももしばれたら…。」
おいおい、ここにいるのって俺っちだけのはずだろ!?てゆーかばれるってどういうことよ、とリトルは思った。
「でもやっぱ暗くてよく見えないよ」
そう甲高い声をした誰かがこう言ったと思ったら、明かりがついた。
道具庫では、人形達が、ちぐはぐな格好をしてつっ立っていた。
リトルは開いた口をふさぐことはできなかった。
と、1人の人形が声を上げた。
「やだぁ、誰、こいつ!?」
「もしかして覗きぃ!?」
「わぁーやらしー。」
こういう会話をしているしている間、人形たちのマジックで描かれた表情は、彼らから発せられる言葉によって変化していった。
やばいと思ったリトルはすぐさま逃げようとした。しかし、遅かった。人形達は「スケベ」や「痴漢」などと連呼して彼をぶちのめしてしまったからだ。
開演10分前、道具庫に李沙は入った。これから本番だというのに衣装を汚した役者がいたからだ。
ごそごそと彼女が衣装を見つけていると話し声が聞こえてきた。
李沙は衣装のほうに気がいってたので、振り向くことはなかった。
用を済ませた彼女は、道具庫を出ようとして何かにつまづいた。その何かに目をやってみると、女性用タンクトップが落ちていた。
拾い上げてみた彼女は、なんだろうと思って、後ろを振り向いた。
そこには、着替え中の人形と、素っ裸のリトル小川が泡を吹いて倒れていたのだった。
呆然としている李沙に、人形たちは彼女に気づいてすぐさま「スケベ」や「女エロ」と人形たちは罵声を浴びせた。
李沙がリトルを引きずり出したその時、人形たちが一斉に襲い掛かってきた。
と、その時、1人の人形がやめろと仲間たちを制した。
「何だよお前、この助平女の味方すんのか。ぁん?」
「違うよ。この人本当に用があってここに来たんだよ。ね?」
李沙はここで付け加えた。
「そうよ、これから貴方たちの出番よ。着替えている暇なんてないわ。さ、急いだ急いだ。」
と、足音が近づいてきた。
この音に気づいた1人の人形が、リトル小川を指差してぼそりと呟いた。
「ところでこの人どうすんの?」
皆、言葉が出なかった。
音の群れはどんどん迫り来るように近づいてくる。おろおろする人形たち。その時、李沙がリトルをアゴでしゃくりながらこういった。
「こいつ着替えさせて。」
人形達はきょとんとした。
「いいから早く。」
李沙は強く言い放った。人形たちは何も言わなかった。ただ、黙々と自分達が今着ている服を、リトルに着替えさせ始めただけだった。
音の群れの正体は、例の衣装を汚した役者だった。
「ああ、村上君。はい。もう汚さないでね。」
「遅いっすよ。」
「何よ」
「先輩そろそろ開演っすよ」
「わかってるわよ。自分の用済ませたら行くってみんなに伝えといて」
その様子を人形達はおどおどしながら見ていた。
彼が去った後、李沙は道具庫へ戻った。
人形達はリトルのほうを向いたまま動かなかった。
「りさっち、何がどうなってんだ?」
リトル小川に「りさっち」と呼ばれるといつもは怒る彼女だったが、このときは全くの笑顔だった。
「何でもないわ、リトル君。」